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「へへへ、この若衆はお銀姐さんのいい玩具になりそうですね」
一息入れていた熊造は残った茶碗の酒を一気に飲み乾して、よし、とばかりに腰を上げた。
「あまり血を昇らせておくと身体に毒だよ。お銀姐さんが気を使って下さったんだ、ありがたく思いな。じゃ、こってりと絞り出させてやるぜ」
熊造が酒気を帯びた顔を手でこすっていうと、
「おっと待ちな。その前にちょっと細工しておこうじゃねえか」
伝助は口元を歪めて笑い、ぱっと裾まくりすると、薄よごれた褌(ふんどし)をクルクル外し出した。
「何をしよってんだ、伝助」
熊造が不思議そうな顔つきになっていうと、
「俺の褌でこの野郎に猿ぐつわをかますんだ。俺様の匂いをたっぷり嗅がせながら昇天させてやろうってんだ。どうだい面白えだろ」
菊之助にここで骨身にこたえるほどの汚辱感を与え、土手の上で追い廻された時の恨みを徹底して晴らそうというのである。
「なるほど、そいつは面白えや」
いたぶり抜かれる菊之助を酒の肴にしている雲助もはやし立てた。
外した褌を二つ折りに縦にたたんで伝助は菊之助につめ寄っていく。
「よ、前髪の可愛いお武家さん。俺の褌で猿ぐつわしてやるぜ。さ、アーンと口をあけな」
憎悪の的以外の何ものでもない親の仇の褌を口に巻きつけられる ―― 菊之助にしてみれば全身の毛穴から血が噴くばかりの屈辱である。それがわかっているから、伝助も熊造も嵩にかかって菊之助に徹底した追い討ちをかけようとするのだ。
もはや、半ば気が遠くなるばかりの汚辱感に打ちのめされている菊之助は、反発する気力も稀薄になり、それを口に噛まされようとするとおびえたように二度三度、首を振ってさけたものの、すぐに熊造に顎を押さえられ、伝助の手で無理やり唇を割られていき、強引に歯と歯の間へ一本にねじった褌の布をねじこませていく。
「ハハハ、いいざまだぜ」
伝助の褌で出来た猿ぐつわをきびしく歯と歯の間に噛まされ火照った頬を歪めている菊之助を見た熊造は腹をかかえて笑った。
「どうでえ。俺の肌の匂いは。まんざらでもねえだろ。そんな情けねえ顔せず何とかいってみな。といっても猿ぐつわされちゃ声が出ねえか」
ハハハ、と伝助も顔中くずして笑いこけた。
全身の肉がズタズタに引き裂かれるような屈辱感で菊之助は半ば気が遠くなりかけている。伝助の黒ずみ、垢じみた褌できびしく猿ぐつわをされたとたんむっとする悪臭が鼻をつき、反吐(へど)を催したくなるような不快さに菊之助は眉をぎゅうとしかめたが、菊之助のその苦痛と屈辱の表情が博徒や雲助達にしてみれば何とも痛快で、手をたたき合って喜ぶ。
三五郎一家の代貸である武造は菊之助が差していた備前兼光の名刀を持ち出して来てスラリと引き抜き、自慢するように乾分(こぶん)達に見せている。
「見ろ。こいつはその丸裸の若衆が昨日までは格好よく腰に差していた名刀だ。重四朗先生の鑑定によると、備前兼光。天下の名刀だそうだぜ」
武造はふと腰を上げると、面白そうに菊之助のそばに近寄り、手にした刀の峰で菊之助の左右に割り開いている大腿や腹部そして胸のあたりを軽くたたき、次に顎の下へ差し入れて、ぐいと猿ぐつわされた菊之助の赤らんだ顔を上へこじ上げるのだった。
「へへへ、みんな見ろ。どうでい、この情けなさそうな面は」
武造の持つ名刀の峰で顔をはっきり正面にこじ上げられた菊之助はさも哀しげに頬を歪め、固く眼を閉じ合わせているのだが、その閉じた目尻からは屈辱の口惜し涙がとめどもなくしたたり落ち、歯と歯の間に強く噛まされた汚辱の布を濡らしているのだ。
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