姫路より上州まで、こんな意気地のない男を苦心して探しに来たのかと浪路はペコペコ頭を下げ続ける熊造と伝助を見ているうち、耐えられない気持ちになって来た。
 父の善右衛門はこんな卑怯未練な男達の手にかかって果てたのかと思うとたまらない屈辱感さえ生じてくる。

「立ち会う気力がないのならここで腹を切りなさい」

 と浪路は侮蔑の眼で二人を見つめながらいった。

「私が介錯してあげます。さ、この場でいさぎよく切腹するのです」

 それすら二人はおびえて、おろおろし始め、、どうか、命ばかりは、と哀願する。

「何という未練な。あなた達は腹を切る勇気もないのですか」

 やむを得ぬ、しからばこの場で二人の首を打ち落とすより仕様がない、と浪路が小太刀を持ち直すと、

「待たれよ」

 ふと、背後から武士らしい男の声がして浪路は振り返った。黒紋付の単衣物を裾からげして土手の上に立っているのは三五郎一家の用心棒である定次郎で、そのうしろにいるのは神変竜虎道場の道場主、大月重四朗であった。

「大月重四朗様ではありませんか」

 浪路は重四朗の顔を見たとたん、あきらかに不快な表情を見せた。

「拙者は重四朗先生の一番弟子である定次郎と申す者、浪路どのとはお初にお眼にかかる」

 定次郎は口元に冷笑を浮かべ、ゆっくりと浪路の方に近づいて来る。
 重四朗の方はむしろ定次郎の肩に隠れるようにしながら憎悪の眼だけ浪路の方に向けた。
 重四朗と定次郎はお駒の始末をつけた武造達と紅ぐも屋で落ち合う約束になっていて、土手の上の道を一杯機嫌で歩いていた時、浪路のために傷を負って敗走して来た武造達に出くわしたのである。
 熊造と伝助の危急を知らされ、人数を揃えたりする余裕はなく、定次郎と重四朗はすぐさまかけつけて来たのだ。
 重四朗は浪路の剣の腕前を骨身にこたえて知っているが定次郎は何といっても相手は女、子供ではござらぬか、といって大して信用はしていない。
 どれほどの強さか、一度、拙者が立ち合ってみる、といって聞かないのだ。

「なるほど、重四朗先生から聞いておりましたが、浪路どのはなかなかの美人でござるな。いや、拙者、生まれてこの方、浪路どののような美人を見たのは初めてでござる」