「武造さん。ここは逃げた方がいい。あの女は雲助達が束になってかかったって勝てなかったのです。もう雲助達は二人もあの女に斬られてきるんですよ」

 健作はつづいて浪路に斬りかかろうとしている武造の袖をつかんでいった。

「雲助達と俺達を一緒にするねえ。こんなにコケにされて三五郎一家がだまって引き揚げられるか」

「しかし、何と言っても相手が悪すぎる」

「うるせえっ」

 武造は健作を突き飛ばすようにすると、長脇差を振りかざすようにして真っ向から浪路に襲いかかった。
 浪路の切れ長の美い眼に殺気がよぎった。

 チャリンッと武造の振り降ろした長脇差は浪路の小太刀で払われて青い火花を飛ばし、二の太刀を浴びせかけようとする武造の顔面に裾元(すそもと)を乱して宙に飛んだ浪路の小太刀が眼にも止まらぬ速さで打ち降ろされる。

「うわっ」

 と、小太刀の峰で額を割られた武造はその場にはじき飛ばされたようになってひっくり返る。

 「菊之助、博徒は私が引き受けます。早く、熊造と伝助を ―― 」

 浪路は土手の上に逃げ出して行く熊造と伝助を眼にすると、狼狽気味になって菊之助に声をかけ自分は次に斬りこんで来た博徒の長脇差をはね返して必死になって渡り合っている。
 菊之助は白刃をかざして熊造と伝助を必死になって追って行くのだ。

「おのれっ、待てっ、待たぬか、熊造」

 菊之助の叫びが耳に入ると、熊造と伝助の背筋には寒気が走り、土手の上をつんのめりそうになってこれも必死になって逃げて行く。。