「相手は手前、女と子供じゃねえか。こんなのに勝負を挑まれて尻込みするなんて、みっともないにもほどがあるぜ」

女とはいえ、浪路は一刀流の免許を持つ女流剣士である事をこれまで武造は熊造に聞かされているのだが、今、眼の前に立ちはだかっている浪路の情感を匂わせる優雅な美貌を見つめていると、どうにもそれが信じられないのだ。

「それにどうでい。文句のつけようがねえほどのいい女じゃねえか。こんなのに勝負を挑まれるなんて男冥利ってもんだぜ。よし、手前らが嫌なら俺がかわって勝負に応じようじゃねえか」

 武造は腰の長脇差を引き抜いた。

 それに続いて、相手が美女と美少年である事に安心したやくざは一せいに長脇差を引き抜き、浪路と菊之助を取り囲むようにする。

「あなた達にはかかわり合いのない事です。怪我をしないうちにここから立ち去りなさい」」

 と、浪路が燐光のような鋭い光を美しい黒瞳に滲ませていうと、

「怪我しねえうちに立ち去れだとよ。なんと生意気な事をぬかしやがる」

 と、源次は吐き出すようにいって戦闘態勢をとった。

「待ちな、源次。これだけのいい女と、いい若衆をむざむざ殺すのはもったいねえ。生け捕りにしようじゃねえか」


 武造はこの浪路という武家女に対して重四朗がなみなみならぬ恨みを抱いているのを思い出した。あの女に狼藉の限りを尽くして、最後は赤貝をえぐり抜き、このお駒と同様に焼酎漬けにしてやりたい、と重四朗が雲助小屋でいった言葉を武造は思い出したのだ。

「いいか、皆んな。この武家女と若侍を生け捕り、素っ裸に剥いて重四郎先生の所に連れて行こうぜ。また、面白い余興が見られるかもしれねえ」

 武造が美しい武家女と前髪の少年を取り囲んだ乾分達に声をかけると、よしきた、とやくざ達は舌なめずりしながらジリジリと距離をつめて行く。

「私共に無益な殺生をさせる気なのですか」

 浪路はその美しい象牙色の頬を冷たく硬化させながら迫ってくるやくざ達を睨むようにした。

「畜生。いう事が一つ一つ癪にさわるぜ。だから俺は武家女ってのは嫌いなんだ」

 やくざ達は舌打ちし、こうなりゃ、とっつかまえて、この場で嬲りものにしてやる、と、口々にわめき、まず源次が浪路の持つ小太刀をたたき落とそうとして、横手から飛びかかった。

「うわっ」

 逆に刀をたたき落とされた源次はもんどり打って地面の上を転がっていく。




 浪路の小太刀は源次の長脇差の直撃を受ける前にはね上がって源次の小手を強く打ったのだ。峰打ちだが、骨の折れるばかりの痛撃で、源次は大仰な悲鳴を上げる。

「くそ、味な真似をしやがる」

 博徒の一人が続いて背後から襲いかかったが、浪路の上背のある伸びやかな姿態は飛鳥のように横にはねて、つんのめった博徒の肩先に小太刀を打ち降ろした。
 これも峰打ちだが、打たれた博徒は真っ向微塵にたたき斬られたように、ギャッ、と悲鳴を上げて地面に転倒する。

「斬れ、たたっ斬れ」

 浪路の小太刀さばきのあざやかさとその身の軽さに肝を潰した武造は、生け捕る事は到底不可能だと知って、斬れっ、斬れっ、と叫びまくった。