文 / 鬼ゆり峠 上巻より引用


 浪路と菊之助は熊造と伝助を見つけると、たちまち顔面を紅潮させ、草を蹴って前に進んだ。
 浪路は道中着の疋田(ひった)しぼりの小袖を着て、すでに白襷(たすき)、白鉢巻の身支度になっている。菊之助も同様、紫地の小袖に襷がけして、凛々しく白鉢巻を緊め、刀の柄に手をかけているのだ。

「おのれ、熊造に伝助、よくもわが父、善右衛門を手にかけおったな。貴様達が生き長らえていた事は点の助け、いざ尋常に勝負致せ」

 と、菊之助は情報通り、仇討ちの名乗りを上げて腰の刀を抜き取った。

「菊之助の姉浪路、助太刀致す。熊造、伝助、覚悟」

 浪路も用意して来た小太刀を抜いて菊之助と並んで構えながら、あっけに取られた表情になっている武造達三五郎一家の乾分達に向かっては、

「そこにおります熊造、伝助の両名は手前ども姉弟にとり不倶戴天(ふぐたいてん)の親の仇でございます。何卒、ここでその両名と勝負させて下さいませ」

 と、礼を尽して言葉をかけるのだった。

「兄貴っ、武造さんっ、どうか、助けてくれ、お願いだ」

 熊造と伝助はうろたえて武器に取りすがりながら半泣きになっている。また、切れ長の美しい眼にはっきり敵意を滲ませて小太刀を構えている浪路に向かっては、ぺたりと地面に坐りこんで、ペコペコ頭を下げ、

「戸山家の若奥様、お、お願いでございます。私もかつてはご主人の戸山主膳様に眼をかけて頂いた事もある中間です。今はこのようにやくざに身をくずしてしまった二人。私どもを今さら、斬ったってお刀の汚れになるだけ、しまもお父上様が生きて返っていらっしゃるはずはないじゃありませんか」

 と血迷っておかしな理屈を並べ、必死になって命乞いするのだった。

「見、見苦しいではありませんか、熊造。父を殺害しておきながらそのようないい逃れ、聞く耳は持ちませぬ。さ、立って、尋常に勝負なさい」

 浪路は柳眉「をキリリとつり上げて叱咤した。

「おい、熊造。本当に手前、見苦しいぞ」

 と武造は地面に這いつくばっている熊造の尻を蹴り上げた。