雲助部落には三五郎一家の乾分達がものものしい喧嘩支度をしたままであちこちに駐屯しているのである。

 何かこの近くで縄張り争いの合戦でも始める気なのかと重四朗はキョロキョロ周囲を警戒深い眼で見つめながら歩いて行くと、


 「重四朗先生、お呼び立てして申し訳ない」





 と、大口を開けてカラカラ笑いながら近づいて来たのは三五郎一家の用心棒をしている斎藤定次郎だった。定次郎だが芝居の定九朗みたいに黒紋付きの単衣物に角帯をしめ、裾からげしている。白い褌の布端を着物の裾の間からヒラヒラのぞかせているのもこの男のお洒落であった。

 重四朗に推薦されて三五郎一家の用心棒になった男だが、山の道場にいる時から重四朗に次ぐ好色な男であり、また、重四朗に負けず劣らず残虐趣味も持ち合わせていた。
 それに剣の腕前は重四朗より相当優れている。

「どうしたのだ。三五郎親分は喧嘩の助っ人に拙者の腕も借りたいというのか」

「何をおっしゃる。そんな馬鹿げた事でわざわざ大先生をわずらわせるはずがありません」

 定次郎は大きく手を振り、

「それにもう喧嘩は終わったのでござるよ」

 というのだった。

「実はこれより、上州一の美人女親分のお仕置きが始まるので、ぜひ先生にも御覧願おうと思ったのでござる」

「へえ、女親分のお仕置きねえ」

 ま、あれを御覧あれ、と定次郎は近くの雑木林の方を指さした。


 恐らく敵側のやくざ達だろう。全身泥まみれになった襷がけのやくざが五人ばかり荒縄でぐるぐる巻きに縛られ、木の幹につながれているのだ。五人が五人とも精魂尽き果てたようにがっくり前かがみにざんばら紙になった頭を垂れさせて苦しげに肩先でいきづいている。

 「あいつら、緋桜(ひざくら)一家の身内でござるよ」

 この山を一つ越して幾里か離れた所にある長尾村、薬師寺界隈を縄張に持つ緋桜一家の事は重四朗も知っていた。