文 / 鬼ゆり峠 上巻より引用


玄関にはやくざの三下らしい単衣(ひとえ)物を着た小柄な男が突っ立っている。

「重四朗先生にお取り次ぎ願いたいのですが」

「拙者が重四朗だ」

「あ、こりゃ失礼しました」

 三下はたちまち腰を低めて慇懃(いんぎん)に頭を下げた。

「手前は渋川の三五郎親分の使いで参りました。うちの親分がちょっと先生のお顔を拝借したいと申されまして」

 重四朗はギョッとした。
 つい先ほど、浪路と試合をして無残な敗北を喫した事がもう三五郎親分の耳に伝わったのではないかと重四朗はうろたえたのである。

 顔をかしてくれなどといい、自分がのこのこ出かけていくと、急に刃物を持ったやくざ達が一せいにどこからか現れて、自分の剣の腕が本物か偽物か試すために斬りかかってくるのではないか、と重四朗は想像したのだ。

 「一体、どこへ拙者に来いといわれるわけですかな。三五郎親分は」

 と、重四朗は声を慄わせて三下にたずねた。

「へい、真に御足労をおかけして申し訳ありませんが、ここより上流の雲助部落にお越し願いたいんで」

「ええ、雲助部落?」

 今朝方まで自分がいた雲助部落へどうしてまた出かけねばならぬのか、と重四朗は露骨に嫌な表情を見せた。