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まだ、じかに見た事はないが、緋桜一家の親分は、年の頃、三十くらい、の小股の切れ上がったいい女だという。斎藤定次郎は緋桜お駒と三五郎の関係について次のように説明した。
元は女壺振り師として近郷近在の貸元の間で名を売った通称緋桜のお駒で、これが長尾村の貸元、松川伝右衛門に見込まれてその養女となり跡目をついでから緋桜一家と名を改めて渡世をはることになった。といっても身内の数はせいぜい十人足らずの微小な一家で、持っている縄張りだって薬師寺界隈(かいわい)ぐらいしかない。薬師寺の縁日なんかで賭場を開いても寺銭のあがりなんか知れたものでこんな吹けば飛ぶような緋桜一家の縄張りなんかを狙うような物好きな親分はいないはずなのだが。
「ところがうちの親分の場合は違った別の事情があって緋桜一家と喧嘩になってしまったのです。つまり、お駒にうちの親分は惚れてものの見事に振られたというわけですな。俺の妾になるなら緋桜一家の縄張りをもっとふやしてやると、うまい話をお駒に持ちかけたのです。が、鼻であしらわれた。そこで頭に来たうちの親分は縄張り争いの名目で緋桜一家に喧嘩をふっかけたのです」
定次郎は三下が運んできた床几(しょうぎ)を重四朗にすすめて、今朝からこの達磨山付近でおこなわれた緋桜一家と三五郎一家の合戦について地面に木の枝で図を描いたりしながら講談師風な語り口で解説するのだった。
「とにかく拙者は三五郎一家の軍師として総勢八十人を率い、この達磨山の渓谷に到着したのは今日の明け方 ―― 」
などと定次郎は得意げに説明するのだが、八十人の三五郎一家に対し、緋桜一家はそれを十二人で迎え撃ったというのだから、まるで最初から戦(いくさ)にはならない。それなのに定次郎は拙者、軍略を用いて敵側の一人をこちらに内通させた、というのだから重四朗も半ば呆れて、
「貴公の念の入れ方にはほとほと感心するよ」
と、いったが、しかし、自分の道場出身の定次郎が今では単なる用心棒ではなく、三五郎の片腕となり、喧嘩にあってはその軍師の役を務めていると聞かされるとまんざら、悪い気分ではなかった。
「そして、その大合戦の結果、三五郎一家は大勝利をつかんだというわけだな。ところで肝心の女親分はどうしたんだ」
重四朗はだずねると、この達磨山の渓谷をはさんでの斬り合いで緋桜一家五人が生け捕られ、四人は斬り殺され、お駒を含めて残る三人は山中の洞窟に籠(こも)って最後の抵抗を試みたが、もはやこれまで、と観念したお駒は降服を申し出たと定次郎は説明した。
「そのお駒という女親分は実に見上げた奴で、自分と引きかえに生け捕られている乾分と洞窟に籠っている乾分達の命を救ってくれ、と、それを条件に降服を申し出て来たのでござる」
「ほう」
これからお駒の風変わりな処刑が始まるところでござる。まずは奥にお入りあれ、と定次郎は重四朗を案内した。 |
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