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教室の中に、女子生徒が教科書を読み上げる声が響く。
「西暦2147年現在から、過去半世紀を振り返ってみれば」
「日本の近代史は特に、『秘密結社連合』の登場以前と、それ以降に分けることができます」
「西暦2115年5月10日、埼玉県桜ヶ崎市が「秘密結社連合」と名乗る非社会的過激派組織によって占拠され、1か月に渡り不当な支配を受けました。この事件は後に、桜ヶ崎事件と呼ばれるようになりました」
「事件以降も秘密結社連合による「征服行為」は続き、日本の平和は暴力と破壊によって脅かされることとなりました。と、いうのも当時の日本は、高度な技術を有する秘密結社連合に対抗する有力な手立てを持たなかったからです」
「秘密結社連合のバイオテクノロジーによって生み出された人造生物や改造人間は、虫や獣を象った醜悪な外見から「怪人」や「怪物」と呼ばれ、当時の常識を超えた圧倒的戦力を有していました」
「通常の銃器や火器が通用しないほどの硬性や敏捷性を持つ、怪人や怪物が当時の日本人の目に脅威に映ったことは想像に難くありません。実際、時の政府や民間団体には、それらに対して有効な対抗策はなく、ついには魑魅魍魎が太陽の下を跋扈するような有様。人々は絶望に打ちひしがれました」
教科書を読み上げていた女子生徒は、ここで大きく息を吸い直した。
その表情からは、これから読み上げる内容への昂揚がありありと見てとることができた。
「ですが。やがて、我が国の陥った危機的状況に転機が訪れます」
「西暦2116年7月21日。怪人に占拠されていた都内の大型雑貨店に、『彼』は旋風のように現れました」
「そのときの『彼』の活躍は、今なお鮮明な記憶として人々の脳裏に焼き付いています。『彼』は、ただ1人、単独の戦力で、恐るべき秘密結社連合の怪人や工作員を次々と倒し雑貨店を解放したのです」
「黒いフルフェイスにサンライトイエローのマフラーを靡かせた彼は、事件後も度々現れては怪人を次々と打ち破っていきました。人呼んで『ジャスティス・ジョー』。現在ではJJという表記も広く普及しています。その素性は未だ謎とされてますが、彼の英雄的振る舞いは国民に勇気と希望を与え人間としての誇りを取り戻させました」
「ジャスティー・ジョーの登場を契機として我が国は一丸となり、秘密結社連合との徹底抗戦の道を歩むこととなったのです」
「……それ以降、我が国では秘密結社連合に対抗する多くの専門機関が公私に設立され、多くの英雄女傑が今日に至るまで平和維持活動に従事しています。ジャスティス・ジョーがテレビ画面に現れた瞬間から、日本は『ヒーローのいる国』となったと言えるでしょう」
席で起立している女生徒が英雄に思いを馳せながら教科書を誇らしげに読み終えると、教室は心地よい静寂に包まれた。
教室にいる生徒は20名ほどで、女子ばかり。
その姿はみな品行方正そのもので、詰め襟のない軍服を模した紺の制服にスカート、白いブラウス、赤い紐型のリボンを一様にしっかりと結んでいる。
指定されたくだりを読み終えた女生徒は、教科書の文章を追っていた視線を前方の教壇へと移す。
教室の前ではスカート型のタイトスーツに身を包んだ美女が、クラス名簿を片手に彼女に鋭い眼差しを向けていた。
「よろしい。座りなさい」
スーツの美女は起立している生徒に凛と響く声音で指示し、名簿にチェックをする。
「はい、教官」
生徒は安堵の息をつき、静かに着席した。
女教官は生徒達に畏怖の念を抱かせるような、厳格な雰囲気を纏った淑女だった。
20代後半と思しき成熟した美貌には聡明さと貞淑を窺うことができる。
170センチメートル前半という長身にタイトスカートと紺のストッキングを一切の乱れなく着こなす姿は研ぎ澄まされた刀のようであり、銀縁眼鏡の奥に覗く切れ長の眼には理知的な光が宿っている。
さらに彼女は教官としての厳格さだけでなく、円熟した女性としての艶麗さをも持ち合わせていた。
長い黒髪を後ろで団子に結っている襟元には白い首筋が覗き、唇に引かれたルージュの光沢が艶やかに大人の色香を引き立てている。
もしこの教室に男子の生徒達がいたとすれば。
彼女の容貌やスタイルといった女性としての魅惑はもちろん、その教師然とした近寄りがたい冷厳な態度までもが、男子生徒達にとっては男の青い春情を駆り立てるスパイスとなっていたであろうことは想像に難くない。
しかし、ここ……中等教育機関を兼ねた特務法人「ダブルダイス」は女性のヒーロー戦士、すなわちヒロインの育成を目的とした機関であるため、男子の生徒がこの学校に在籍するということはない。幸いなことに、男子生徒達がこの流麗な女教官の艶美に心を乱されながら学業に勤しむという呪わしい事態は起こり得ないのだった。
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