【 ジョーカーズファイル / 特務戦士エルノアールの散華 】


暗闇に乾いた音がリズミカルに響いていく。

私は脚を抱え込んで座り込み、おでこを膝に当てて俯きながらそれを聞いている。

顔を上げて確認するまでもない。
これは、男女の営みで身体と身体がぶつかり合う音。

いや違う。

これは一方的な蹂躙であり、愛の営みとは真逆の忌々しい行為だ。

やがて世界が色彩を帯びていく。
闇に浮かび上がる、白く輝く美しい肌。

ハーフだからこそ実現する細くサラサラした金髪。
芸術作品のように美しく悩ましい裸の女性が、私に頭を向け、膝を屈し這い蹲っている。

「あっ……あっ……あっ……」

彼女は私を見ていない。
私には彼女が見えているのに。

彼女の、愛おしい唇が開く。
そこから漏れてくる艶やかな息遣いを、私は呪わしい気持ちで聞き続ける。

私にとって大切な人だった彼女が、一方的に男に組み敷かれる無惨な姿。
一糸まとわぬ姿で、あられもなく叫声をあげるあさましい姿。

見るに堪えられない思いで、私は
眼を伏せる。
しかし、そんな抵抗は全く無意味だ。眼を背けようが、顔を覆おうが、私は彼女の様子が完全にヴィジョンとしてわかってしまう。

パンパンと乾いた音に合わせて、突き上げられた彼女の腰が小刻みに震える。
知的で凛々しく王子様みたいだった顔が真っ赤になって、困惑に歪んでいる。
彼女の肌はとても奇麗な、透けるような色白だったから、羞恥に朱に染まっているのが一層官能的に際立っている。

私は彼女のことを知っている。でも私は、彼女のこんな表情を知らない。
彼女がこんな表情を私に見せたことなんて、一度もなかった。

「あっ……あっ……あつい……」
「痛い……」
「どこだ、ここは……あ、頭が……」
「わからない……私は……何を……されて……」

身体を苛み、五感を蝕む未知の感覚に狼狽えながら、彼女は震える声で悶え続ける。私はただ、彼女の声に応えることもできずに、自身の無為と無力を責め続ける。

なぜ、あのとき、わたしは。
あのこをおいて、にげたのか。

何千、何万回と繰り返したやくたいのない自問を、くり返し続ける。
彼女の痴態に、悩ましげな声に、ただ黙って耐え続ける事が、私が私に与えた罰。

ぐちゅぐちゅと、くぐもったいやらしい水音が響く。

女にとって大切な場所に、雄の、とても言葉にすらしたくない汚らわしいモノをねじ込まれて。獣じみた挿入と抽出が繰り返される。
後ろから慈悲も愛もなく、性欲の赴くままに腰を打ち付けられている現状を、おそらく彼女は正しく認識できない。

ただただ、強制的にもたらされる情欲に戸惑いながら、腰を上げて這い蹲り、穢れなき肢体を雄の欲望の受け皿にされている。

意識はもはやそこにはなく、どこか遠くに飛んで行ってしまっているのが蕩けた表情から嫌というほど伝わってくる。

私には、彼女を犯す者の姿がわからない。ただ、大柄の人影に開いた口から、嫌味なまでに揃った白い歯が光って見えるだけだ。

その忌々しい影の正体を確かめる術は、実はある。

「今の」私には、手掛かりとして思い当たる情報源がある。
しかし、私はそれを確かめることができない。

私は眼を背けている。

それがあまりにもおぞましく、受け入れがたい現実であることを察し、向き合うことを恐れ、記憶に蓋をしてしまっているのだ。

「私……どうしちゃったんだ……体がおかしい……あ、頭が……蕩けそうだ……」

彼女は目尻に涙を溜めながら、後ろから大切な場所をノックされている。下腹部を打つ衝撃が体を貫くたびに、中性的な彼女の顔から理性と闘志が失せていくのがわかってしまう。

かつての彼女は、理想的な『王子様』だったのに。

女性にしては珍しいほどの長身。
白い肌と、短いサラサラの金髪。
紳士のような、清潔感と礼節。

中世の騎士を思わせるような、素敵で頼もしい存在だったのに。

「んっ……ああぅ……んんっ……」

今は、雌そのものの有様で、

彼女は昇ぶり肘を折って頭を地面にこすりつけ、沸き起こる情動に耐える。
舌がだらしなく伸びて、先端から粘っこい唾液が落ちる。

「ねえ……、ろ……ろこぉ…?…」

呂律の回らなくなってきた彼女の口から、力のない言葉が漏れる。それを聞くと、私の胸はキュッと締め付けられる。

「ろこぉ…?…さやかぁ……、……どこぉ?」
「いるのぉ……そこにいるのぉ……?」

私は胸を締め付けられる思いで大きく首を振る。
いないの。私は、そこにいないの。

いられなかったのよ。

ごめん、ユウ。
助けてあげられなかった。

私は、間に合わなかった。

「さや……かぁ……ごめん…ね……。…わたしぃ…、……もう…」

「ユウッ!」

私はたまらず彼女に手を伸ばす。
しかし、私の両腕は彼女を抱きしめることすらできない。

手を伸ばした瞬間に、私にとっての親友……いや、それ以上の大切な存在だった鷹崎ユウの姿は幻のように霧散する。


そして、私はカーテンの隙間から朝日が差し込む自室の中で。
ベッドの中で涙している自分に気づく。

微睡みから、現実へと解放されて安堵する自分に、歯噛みする。

先ほどまで私が見ていたのは、かつての相棒が辿り着いた結末。
秘密結社 『オールカード』 から送られてきた、映像の一部。

今まで幾度となく視てきた悪夢。

全てが変わってしまった「あの日」のリフレインだ。