「な、浪路どの。恥を忍んでお願い申す。せめてせめて一夜の情を ―― 」

 重四朗は半泣きになって呆気(あっけ)にとわれている浪路の肩を力一杯、抱きしめようとしたが、

「重四朗さま。恥をお知りなさい。山暮しが長びいて頭が変になられたのですか」

と、浪路は手きびしい言葉を浴びせかけ、さっと身を起こした。

「私はここにあなたに口説かれに参ったのではございませぬ。人妻であることを知りながらまたいい寄るなど、昔の悪い癖は少しも治っておいでにならないようですね」

 重四朗はすげなく浪路に一蹴され、畳の上にふしたまま凍りつくような屈辱感を噛みしめた。

「重四朗さま。せっかくこうしてあなた達のお作りになった道場を見せて頂いたのですから、ここで一手御教授お願いしとうございます」

 浪路は重四朗ががっくりと畳の上にふして男泣きしているようなので、とりつく島がなく、優雅な頬に蔑(さげす)みの微少を浮かばせていった。
 すると、いきなり重四朗は、「よしっ」と大声を出し、上体を起こすと、きっとした表情で浪路を見返すのである。

「しからばお相手致そう」

 と、重四朗は大声でいった。
 恋の恨みを返す意味でこの女を道場のど真ん中でたたき伏せてくれるわ、と、重四朗は胸の中でほざいたのである。