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「はい、現場には今しがた到着しました。
東京都立川市中心部……JR立川駅前に二時間前出現した巨大な龍……のようなものらしき……立体映像……と思われるものを、視認しております。警察と消防との連携をとりつつ、周辺の一般人には万が一の事態に備えて避難を呼びかけているのですが……。大人しく避難する人達の方が少なく……はい、むしろ野次馬の数は増える一方でして……」
無線連絡で本部に報告をする私の隣で、先ほどから中年の士官がイライラした様子で迷彩服の胸ポケットを何度に手をやりつつ、ポケットの中のタバコの箱とライターを出したり戻したりしている。
現場到着の報告を済ませ、いったん無線の電源を切りつつ、私は溜息まじりに釘を刺した。
「今は勤務中ですよ。タバコは御法度です」
そんな私の言葉に、中年の士官が怒鳴るように返した。
「言われんでもわかっとるわ! 今日日(きょうび)、勤務中の自衛官が一般市民の前でタバコなんぞふかしたら一撃でSNSに拡散されてキャリアがオシャカになる炎上案件だっつーの!
ネットの向こうの馬鹿どもにそこまでのサービスをしてやる趣味はねぇよっ!」
半ばキレた様子で「余計なお世話を焼くな」 とばかりに怒鳴り散らす士官殿。そんな彼に対し、私はただ頭を下げ、「すいません」を繰り返す。
現在所属している部隊に異動する前までは、7年以上もお世話になっていた恩義ある先輩だ。八つ当たりのひとつやふたつ、黙って受け入れるくらいどうということはない。
いや。
あまりにも非現実的な光景、ビルの間にそびえ立つ巨大な怪異を目の当たりにして、ただ圧倒されるばかりで、八つ当たり気味に怒鳴る先輩の言葉などほとんど耳に入っていなかった、といった方が正しいだろう。
あまりにも現実離れした光景を目の前にして、タバコのひとつでも吸って気持ちを落ち着けたい先輩の気持ちは痛いほどわかる。一服の誘惑を必死に自制しているところを、年が一回り以上も離れた小娘のような後輩がさかしげに注意などしてきた日には、そりゃ頭に血がのぼるというものだ。
偶然にも基地から訓練場への移動中、このような異常事態の発生に立ち会ってしまった先輩達の不運を思えば、ひたすら同情の念がこみあげてくる。
加えて、「不測の事態に備えるために」という名目で現場に増援として送られた自分達の不運を思えば、今にも泣き出したい気分になってくる。
ありきたりの怪獣映画であっても、自衛隊の出動はたいがい物語の序盤や中盤にかけてだ。冒頭から怪獣の出現を固唾を呑んで見守っている自衛隊の隊員、などマヌケな絵図にもほどがある。
……そう。ホントに、これが怪獣映画であってくれたなら。
心の底からの願いをこめて、私はありきたりすぎる見解を口にした。
「これ、やっぱ映画の撮影か何かなんでしょうかね?」 |
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