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「おのれ……おのれ、おのれ……ッ!」

地に伏した超越者が、血が混じってももおかしくないほどの怒声を吐き出し、そして今起きていることが本来決してありえないことであることを訴える。

「ありえぬ。考えられない事だ!
貴様らごときが、かの失われた技術の秘宝を見つけ出してくるなど!
魔導具を超えた魔導具、魔宝具を! それもふたつも!

『彼方への扉』 と 『魔封じの燭台』!

どこで見つけた? 誰が見つけた!?

いや、そもそも……
なぜ、おまえ達のごとき無学の輩がその至宝を使いこなすことができるのだ!? いかにしてその術(すべ)を得たのかッ!?」


憤懣やるかたないといった様相で呻き、眼前の敵に問い糾す悪逆の超越者。それは、もはや問いではなく糾弾といった方がしっくりくる有様だったが、それに対し知謀の戦士マナブルーは冷ややかに応じる。


「……あら?
私たちにその問いに答えてあげる義務があるとは思えないのだけど? 」


「ぬぐぅううううううううッ!!」


己の問いを冷笑のカーテンで遮られ、思わず呻き声をあげるダグム。

そんな宿敵に対し、やや憐れむように肩をすくめ、マナブルーは言葉を投げ加えた。


「でも、これだけは言っておこうかしら」


マナブルーは地に膝をつく超越者を見下ろしつつ、ピっと人差し指を立てて見せて、これから述べることがとても重要なことであることを強調した。


「刻み込みなさい、恐虐神ダグム。
その記憶に……。 いいえ、魂に刻み込むことで! 
冥府への土産とすればいい!

……かの至宝を見つけ出してきたのは!

わが愛する夫にして!
世界人類の至宝というべき当代随一の言語学者!
魔導考古学の無明を照らす輝ける明星!

八烏光昭(やがらすみつあき)、その人!」


恋物語を題材とした歌劇のヒロインのように、両手を伸ばし天を仰ぐマナブルー。ふるふると震えているのは、愛する男の面影を脳裏に浮かべ、感極まったがゆえか。そんなマナブルーがあらためてダグムへと向き直る。


「そう! わが夫 八烏光昭が! 見つけ出して来たのよ!

愛する妻が勝利を収め、無事に二人の愛の巣へと戻ってくることを切に、切に願い、奇跡の古代の秘宝を、ひとつならず、ふたつも! 見つけ出してきたのですッ!」
 

高らかに誇らしく、告げるマナブルーの後ろで。

彼女の弟であるところのマナレッドが、一番上の姉マナブルーに対し、控えめなツッコミを入れる。


「いや、答えているし」


と、肩をすくめるマナレッドの隣で、応じるのは二番目の姉マナピンク。


「つか、痛いし。我が姉ながら痛すぎるし。
ラスボスの前で彼氏自慢を始める女って初めて見たわ、私」


呆れと哀れの色を表情に浮かべつつ、マナピンクは小さく呟く。


「これだから、お勉強だけが取り柄の非モテ系女子って……ダメなのよね」


うんうん、と頷いてそれに応ずる弟 マナレッド。

つい半年前まで年齢=彼氏いない歴だった一番上の姉に僥倖に僥倖が重なり、やたらスペックが高い彼氏ができた事。それ自体は喜ばしい。喜ばしい事である。

血を分けたきょうだいとして、心からお祝い申し上げたいところだ。さらに、出会いから3ヶ月、おそるべきスピードで電撃結婚にこぎつけた事、これもまた慶事。嘘偽りなく、そう思う。

問題は、独り身だった頃は冷静かつ知的な性格だった姉が、結婚以来、幸せと喜びのあまり少々奇異な言動を面に出すようになってしまった事。

……平たく言えば、色ボケっぽい感じでオカしくなってしまった感じが否めない事だ。
具体的に言うと、時と場所を選ばず彼氏の自慢をしたり、愛の喜びについて熱く語り出すようになってしまったこと。

ハッキリ言って、迷惑。

それが、マナブルーの妹マナピンクと弟マナレッドの、正直なる心境であった。

言い換えれば、ここに至ってマナピンクもマナレッドもようやく気づくことができた、とも言える。

今まで全然モテなかった姉が、実はとっても恋愛に飢えていたということ。
ゆえに今の、愛する人とともに過ごすことができる時間が夢のようで、とにかく毎日がすっごく嬉しすぎる日々だということ。

そう。理解できた。それはもう、充分すぎるほどわかったから。

いや、しかし。けれども。

それとこれとは別問題として、姉には強く望みたいのだ。

喜びを表現するにしても、もう少し節度というものを意識してもらえないだろうか、と。
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